ほんとうの意味で明るい人とは

思うこと

暗いと言われてた小学生の頃

私は幼い頃から人見知りで、家の中ではいいんですが、外に出るとダメ。人前だったり集団の中では緊張してしまい、自分を出すのが怖いというか、そんなふうでした。

子どもというのは素直な反面、思ったことをそのまま口にするものですよね。よく暗いと言われてはとても深く傷ついていました。

そうした性格を引きずりアラフィフの今に至る訳ですが、自分の人生の中において、今まで暗いと言われてきたことに対するコンプレックスは非常に大きな影を落としてきました。

言葉というのは、かくも人に大きな影響を与えるものですね。特に幼少期のことは一生引きずることになりかねません。

人には良い言葉をかけていきたいものです。それが巡りめぐって自分にかえってくるものですし・・。

思い違いをしてきた ”明るさのカタチ”

そんな私ですので、いろいろな場面で暗いと思われないようにしようと、知らず知らずのうちに無理をしてきたと思います。

でもダメですね。自分を取り繕うといいますか、そんなことしたって、ぎこちなさが相手に伝わるだけです。

それにTVの影響でしょうか、明るいというのは、お笑い芸人みたいにはしゃいで盛り上げる。そのためには人をバカにしても良いみたいな・・。むしろ人をバカにすることで笑わせるのが ”明るい” みたいな・・。

ちょっと極端かもしれませんが、そんな気持ちが無意識のうちにあったような気がします。

それにコンプレックスから自分に自信がないので、無意識に人を傷つけることを言っていた気がします。

分析すると、そうすることでしか自分の気持ちを平静に保てなかったのではと思うのです。これは今だからはっきりと分かります・・。

その頃はそういう自分の本質さえも見えずにもがき苦しんでいた。完全に自分を見失っていたんですね。

アラフィフになった自分が目指すほんとうの ”明るさ”

職場などには、人の輪の中でとても目立つ人っていますよね。ほんとうに明るくてまぶしく感じてしまうような・・。

でも愚痴っぽかったり、人をだしにして笑わせていることが多かったりもします。・・

私はそういう明るさではなくて、何があっても愚痴をこぼさず前向きであったり、人の話をなるべく否定せずに寄り添うような感じで聞いたりしていく・・。

やさしい笑顔を浮かべながら・・。

この人と話しているとホッとする。安心するなあ、たくさん話したくなる。そんなふうに思われたい。そういう ”ローソクの灯りみたいな温かい明るさ” とでも言うのでしょうか。

背伸びせずに、そんな明るさを目指して自分を磨いていきたいものですね。

みなさんは、どんな ”明るさ” を目指しますか・・。



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